HENRY's notes -Essays in Idleness-

徒然なるままに思うことを垂れ流す. 映画,本,アニメ,雑感etc・・・

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生理的不快を言葉にする.

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 8月も終わりを迎えつつあり,夜の鈴虫の音色に涼んでいる今日この頃,深夜に甲子園決勝のニュースが流れていた.

「・・・・・・,東北のみなさんに申し訳なくて・・・・・・.」

云々ぬかしてる選手がいた.気持ち悪い.非常に気持ち悪い.

このブログは基本的に自分の気になっていることや,思ったことをメモするという趣旨が半分以上なので基本的に主観的なことしか書きません.読みたくない人は読まないでください.

しかし,主観的ではあっても個人的にキライなものは,よく観察して整理し,「キライです.」とはっきり理由を添えて言えるようになりたいものだと常々思っている.そうしなければ,イヤなものに出会うたび言葉にできないモヤモヤを抱えることになるのだから,今回の件に関して言えば,甲子園という毎年必ずやってくるモヤモヤを放置すれば,未来永劫その理由なき不快を経験することになるわけで,ここで整理しておこうという次第である.

つまり,理由なき不快,言い換えれば,「生理的にキライです!」ってやつを言語化しましょうという作業なのである.

本題に入ります.私は野球部がキライだ.別に野球部員その人がキライな訳ではない.野球をすること自体も嫌いじゃないし,運動自体は好きだ.なんとなぁく野球部という存在がキライだったのである.その発端は挨拶である.

「ハイッ!」

きっと部活で鍛えられた成果なのだろう.野球部員はどんなときでも決まったトーンで元気にハキハキあいさつするのである.それがホントにいいことだろうか.当時から私にはそれが異常なことのように思えた.これまで普通に挨拶してたクラスのやつが,野球部になったとたんそれっぽい挨拶をし始める.私にはそれが気持ち悪くて仕方がなかった.「こいつらは洗脳されてる.」と思った.人なんて元気いっぱいの時もあれば,朝から腹が痛くてなんとなく気分が乗らない時もある(今の私のことだが).そのときどきの調子で挨拶すればよいではないか.学生なら「声が小さいなぁ.」とか先生に言われても,そう言われたときに一時的にちゃんとした風の挨拶をしときゃいいのだ.そんなもんで人の価値は決まらない.つまりは外面をとりつくろったような野球部の挨拶が気持ち悪かったのである.

以上,私が野球部を嫌悪する発端であるが,つまりは外面のいいように振る舞う野球部員がキライなのだ.そして,どうもそれを好意的にとらえるオトナも社会には多いようであるし,野球部を特別扱いするオトナもなかにはいるようだ.ここらへんが私と一般社会とのズレなのだろう.印象的なエピソードが1つあるのだ.卒業式かなんかの行事で,保護者の車が校舎内に駐車する際,私の通っていた中学ではなぜか交通整理を野球部員に頼むのだ.それは多分外面のイイ溌剌とした訓練がなされていることを教師の側も分かっているから頼むのだろうが,まったく教師もロクなもんじゃない.

さて閑話休題,外面のいい野球部員の極致が冒頭の「・・・,東北のみなさんに・・・.」云々の気持ちの悪い言葉に集約されているのである.

あの野球部員には申し訳ないが,思ったことを素直に以下に挙げる.再度断るが,別に野球部員その人がキライな訳じゃないのだ.

・おれも一応東北人だが,おまえに申し訳なく思われる言われはない.気持ち悪い.
・東北のみんながおまえたちに注目してるわけではない.おまえは東北の人たちの代表のつもりか,おまえは一,高校の,一,野球部員でしかない.
・その言葉を本心で言っているならお前は洗脳されている.
・もし社交辞令だと分かって言っているなら,世間の良識のある大人はそんな社交辞令は見え見えなので正直に自分の悔しい気持ちを話しなさい.

以上である.再三再四述べるがその人のことを嫌ってるわけじゃない.あんなことを恥ずかしげもなくしゃべっちゃう野球部全体の空気感がキライなのである.つまりはそんな教育をするまわりの大人たちがダメなのだ.テレビの熱○甲子園なる番組ではことさらに球児(この言葉も嫌いだが,,,)たちをドラマティックに伝え,時には感動を引き出そうとするが,気持ち悪くて目にしていられない.ただ,試合内容が意図せずドラマティックになることはある.それは当然私も手に汗握り,負けた側に感情移入することもあるので勘違いしないように.

以上,まとめると,「全国の野球部員は自分の言葉で話しなさい.」ということなのだ.よくわからん「東北の人のため...」とか「被災地の人のため...」とか言ってないで,自分のために戦って自分の思った言葉を胸の中に残しなさい.ということなのだ.貴重な学生時代の真剣勝負の思い出を安っぽいインスタントな言葉で埋めるのは止めなさい.と言っているのだ.

そんなことを思い始めると,清宮君なんかはもう注目され過ぎて外面をガチガチに固めなければいけなくて本当に不憫に思うのである.

と,まぁ結論はまさかの,否,お決まりの「周りの大人の教育が悪い」である.でもまぁ,外ずらのいい仮面は,社会では役に立つこともある.ただそれはビジネスだからいいのであって,甲子園で毎年見せられるのは気持ち悪いし,あとで思い返したときに自分が恥ずかしくなっちゃうから止めたほうがいいと思うよってことだね.

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